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山と人が生き合う未来へ─ あしがら森の会議が実験する、南足柄の6次産業化山と人が生き合う未来へ─ あしがら森の会議が実験する、南足柄の6次産業化山と人が生き合う未来へ─ あしがら森の会議が実験する、南足柄の6次産業化山と人が生き合う未来へ─ あしがら森の会議が実験する、南足柄の6次産業化山と人が生き合う未来へ─ あしがら森の会議が実験する、南足柄の6次産業化山と人が生き合う未来へ─ あしがら森の会議が実験する、南足柄の6次産業化

齋藤 健介

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山と人が生き合う未来へ─
あしがら森の会議が実験する、南足柄の6次産業化
株式会社あしがら森の会議 代表齋藤 健介

山と人が生き合う未来へ─あしがら森の会議が実験する、南足柄の6次産業化

update 2024.01.16

# 教育

# コミュニティ

# 森林

# 農業

# 環境

# プロダクト

豊かな森林資源と、森林が育む良質な水源に恵まれた神奈川県南足柄市で、その自然環境と近隣都市部からのアクセスの良さを活かした林業6次産業化※の取り組みが進められている。南足柄市の総面積のおよそ7割を占める森林には、スギやヒノキの人工林も多い。

長い年月をかけて育まれた地域の資源は、人口減少や林業衰退という時流の中において、ほかの多くの自治体と同様に、有効な活用や適切な循環が難しい状況に置かれている。

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南足柄市では2019年に林業の6次産業化による循環型のまちづくりを目指す事業を立ち上げ、地域再生計画に取り組んできた。2022年6月には、南足柄市外五ケ町組合、株式会社トビムシ、アサヒグループジャパン株式会社、あしがら環境保全株式会社とともに「株式会社あしがらの森の会議」を設立。事業の一貫としてオープンした地域交流拠点「mado.」内に本社を構え、林業や製造・加工業のほか、市内外の人や企業との有機的な関わりによる様々なプロジェクトを展開している。

同社の代表取締役を務めるのは、コロナ禍を機に南足柄市に移住してきた齋藤健介氏。Bipass編集長の後藤友尋(株式会社 ダイセル)がmado.を訪ね、多岐にわたる取り組みや課題について齋藤氏に伺った。

※「6次産業化」とは、農林漁業者(1次産業)が、農産物などの生産物の元々持っている価値をさらに高め、それにより、農林漁業者の所得を向上していくこと。生産物の価値を上げるため、農林漁業者が、農畜産物・水産物の生産だけでなく、食品加工(2次産業)、流通・販売(3次産業)にも取り組み、それによって農林水産業を活性化させ、農山漁村の経済を豊かにしていこうとするもの。

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緑に囲まれた南足柄市に位置する古民家コワーキングスペース「mado.」。テレワークでの利用はもちろん、庭やオープンキッチンでイベント開催も可能。

価値観の転換で目指す、尊重し合って「生き合う」文化の創造

─齋藤さんはもともと林業ではなく教育の分野で仕事をしていたそうですが、どのような経緯で南足柄市に移り住み、「あしがら森の会議」の代表となったのでしょうか。

齋藤健介氏(以下、齋藤):私は、かつては国際協力や途上国の教育の研究で西アフリカに関わり、セネガル政府機関の事業で教員の人材育成にも携わっていました。その仕事を終え帰国してからは、ベンチャー企業の組織開発や人材育成をするコンサル会社に勤めていましたが、コロナ禍で完全にテレワークになったんです。当時は横浜に住んでいましたが、家には子どもたちがいて仕事ができる環境ではなかった。もっと静かな広いところに引っ越そうということになり、西湘地域といわれる神奈川県の西側エリアを探すうちに出会ったのが南足柄でした。

南足柄に惹かれたのは、田んぼの風景が大きいかもしれません。私は小さい頃に秋田に住んでいたので、目の前に田んぼが広がる光景が原風景としてあったんです。今住んでいる南足柄の家の前にも同じように田んぼが広がっていて、それを見て移住を決めました。

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地域交流拠点「mado.」の庭先にて。株式会社あしがら森の会議 代表取締役 齋藤 健介氏(左)と、聞き手のBipass編集長 後藤友尋(右)

─移住までの決断の速さと行動力がすごいです。「あしがら森の会議」はどのように立ち上がったのでしょうか。

齋藤:私が「あしがら森の会議」の代表になったのは、市で林業6次産業化に取り組む民間会社をつくる計画が立ち上がり、声をかけていただいたのがきっかけです。引っ越してきて1年くらいの頃ですね。私は林業の業界を知っているわけではないし、起業した経験もなかったのですが、貴重なご縁だと感じやらせていただくことになりました。南足柄市や南足柄市外五ケ町組合なども含め、株主のみなさまと一緒に立ち上げた会社です。

─企業理念やミッションに込められた思いを教えてください。

齋藤:企業理念である「森林と人が生き合う『文化』を共に、これから。」にある「生き合う」が、私たちの大きなテーマとしてあります。今まではどちらかというと、時には何かを利用したりしながら生き抜いてきた社会だったのかなと思いますが、これからは共に協力しながら「生き合う」ことをどうしたらできるのか考える。その価値観の転換をこのまちでつくっていきたいという思いを込めています。

またもう一つのテーマとしているのが「文化をつくる」です。林業をいかにビジネスとして成り立たせるかは重要ですが、それ以上に暮らしや文化をどうつくっていくかが大事だと思っています。経済成長の偏重ではなく文化尊重で社会を変えていきたいという思いから、「森林と人が生き合う『文化』」をつくることが私たちのミッションとなりました。

人と山との関係性を捉え直す体験の提供

─どうしても経済最優先になりがちなので、文化をつくるというのは大事な視点だと思います。具体的にはどのように取り組みを進めているのでしょうか。

齋藤:山や木にまつわる1次産業、2次産業、3次産業それぞれの事業があり、私たちが主体として実施することもあれば、パートナー企業と組んで進めることもあります。1次産業はずばり林業ですが、50〜60年というスパンで木の苗を植えて育て、収穫して販売する。林業者のメンバー2人が中心になり、今年から神奈川県と静岡県との県境にある100ヘクタールの山の管理をしています。

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齋藤:2次産業としては、南足柄の木を使ったものづくりです。お箸やコップなどの小さなものもあれば、いま私たちが座っている「ウッドデッキパネル(仮)」という、個人の住宅スペースに合わせてウッドデッキをつくれる商品などもあります。ほかの団体との協働プロジェクトでは、隣町である開成町の古民家にヒノキのテーブルを置いたり、西湘地域の絶景スポットにテーブルやベンチを置くなど、人が来る仕掛けづくりをしています。私たちのオリジナルの製品もありますが、基本的にはお客さんの要望や地域の人たちの声を聞きながら、それに合うものを地元の大工さんなどと一緒につくっていきます。

─地元での取り組みだけでなく、ほかの地域への働きかけもたくさんありますね。必ずしも地産地消を目指しているわけではないのでしょうか。

齋藤:地産地消は目指すところであり、それが成り立っている部分もあります。ただビジネスの視点で考えると、南足柄市は人口が4万人を切って減少傾向にあり、市場として地元だけに限定するのは現実的ではない。木材や木のプロダクトを売るということについては、神奈川県も含めた首都圏くらいのエリアを商圏と捉えています。

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地域材でつくられたタンブラーと利休箸。

─3次産業としての事業ではどのような取り組みを進めていますか?

齋藤:3次産業はサービス産業の領域で、体験や場づくりです。山を使った企業研修や音楽フェスなど、体験を通して山や木と人をつなごうと取り組んでいます。今日来ていただいている「mado.」もその一つで、コワーキングやイベントのスペースとして運営しています。地域の人はもちろん、外の人たちにも使っていただき、ここで自然のことや南足柄のことに触れる機会をつくれたらと思います。

木育としては、大きな両引きノコギリを使った丸太切り体験や、自然の中での謎解きイベントなどを実施しています。また先日は、森のことを学びながら自分たちの森をつくるイベントを開催しました。実際に山や木に触れながら、どうやって元気な山ができているのか、人間はどのように山と向き合うべきかなどを伝え、その上で子どもたち自身がいいと思う山、そこにあってほしいと思う山を、自分たちで考えています。

─山や森に関しての知識は、生活の中でそれを自然と継承されてきた上の世代と、私たちの世代でもすでにギャップがありますし、現代の子どもたちとなるとなおさらですよね。すごく大事な木育の取り組みだと思います。

齋藤:かつてはこのまちにも製材所がいくつもあったと聞いています。子どもたちは小さい頃から山の手入れの手伝いをして、今よりもずっと山が身近だったはずです。林業の衰退とともに人の暮らしと山との間に生まれてしまった心理的な距離があり、それを取り戻すためにも、体験の提供という地道な活動は必要なんだと思います。

体験価値を生み出す仕組みづくりで資源循環活性化へアプローチ

─様々なプロジェクトに取り組む中で、課題はどのようなところにありますか?

齋藤:ボトルネックに感じているのは、ビジネスとして考えると結局どれだけ木が売れたかという指標になってしまうということでしょうか。会社の事業なのでそれはもちろん大事なことですが、林業の6次産業化にはそれだけではない価値がある。私たちの様々な取り組みを通し、その結果として木が売れていくという状況をつくり出したいんです。

─南足柄の山や木を知ってもらう仕掛けづくりとして、様々な取り組みをされていますが、方向性としては地域材のブランディングではない印象です。

齋藤:そうですね。私たちは“体験を売る会社”になりたいと思っています。地域材をブランド化して認知度を上げるというよりも、体験価値を提供して結果的に木が売れるというイメージです。イベントなどのコンテンツは外の人に訪れてもらうきっかけになり、体験を通して人と自然との関係性を考え直すための仕掛けにもなる。たくさんの人にこのまちに足を運んでもらって、南足柄のよさや地域の人たちと触れ合い、「この人たちが守ってきた山、そこで育った木だから使いたい」と思ってもらえるような関係性を築きたいです。

─僕も今年開催された音楽フェスに参加させていただき、森のタンブラーを購入しました。確かに、純粋にタンブラーとしてではなく、あの場での体験や思い出も含めて購入しているので、満足感が得られる買い物行為でしたし、それが体験価値なんだなと実感しています。

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Bipass編集長の後藤友尋(株式会社 ダイセル)。

齋藤:そういった体験価値の提供で外から人が来ることで、地域の人は改めて自分のまちや山、そこで育つ木にも目が向くようになるという相乗効果を期待しています。「あしがら森の会議」で様々な事業を進めることで、みなさんと一緒にまちの魅力を再発見して価値を生み出したいですし、その結果として木が売れるようになってほしいと思っています。

また体験価値の提供については、BtoBの取り組みも進めています。都市部にある企業のサステナビリティやCSRの担当者、環境に配慮しながら新たなビジネスを生み出す方たちなどが「mado.」に集まり、情報交換する機会をつくっています。それぞれの知見を深める目的もありますが、同時に、そこから生まれたアイデアをぜひ南足柄で試してもらいたいんです。私たちだけでなく、ほかの企業が実験のフィールドとしてここで取り組むことでも体験価値をつくり、みんなで盛り上げていく仕掛けづくりをしていきたいと思っています。

─いいですね。やりたいことはあるけれどフィールドがない、もしくはフィールドはあっても技術がないなど、お互いに足りないピースを埋め合う動きが生まれる可能性もありそうですね。

齋藤:そう思います。6次産業化というのは、一つの企業だけでできることではなく、企業も個人も含めてみんなでつくりあげていくものだと思います。私たちの社名を「あしがら森の会議」としたのも、みんなで話し合いながら南足柄の山や木に関わること、まちに関わることで、新たなものを生み出していきたいという思いを込めてのことでした。

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異なる領域の視点が集まる、組織の枠を超えたチャレンジの場

─この先、様々な人や企業を交えて挑戦していきたいことなどはありますか?

齋藤:取り組みたいことは本当にたくさんあります。例えば、南足柄には観光資源として確立されているものがあまりないので、南足柄の自然の中で価値を感じてもらえるコンテンツを新たにつくろうと考えています。特に冬場に人が遊びに来たくなるようなものをイメージしていて、地域のキャンプ場や株主の企業などと協働するプロジェクトとして進めようとしています。

─確かに、森林の維持が山主にとって重荷となっているということは紛れもない事実なので、デジタルを活用して新しい仕掛けを考えていくというのは、挑戦しがいのある取り組みになりそうです。

齋藤:日本は木の文化を醸成させてきた国だからこそ、私たちにも木の捉え方や使い方などに先入観があると思っています。これまで継承されてきた文化や技術には心から敬意を払い、守るべきものは守っていきたいです。それと同時に、もっと違う価値の発見の仕方もあると思う。その視点で見ると、ダイセルさんが研究している木材由来のフィルムなど、素材としての新たな捉え方はすごく興味深いです。これまでと違うアプローチは、正面から山や木のことに取り組む私たちよりも、別の業界の人や企業などのほうが得意かもしれない。だからこそ、ここに交流の場をつくって様々な領域の人に来てもらい、価値を再発見してもらいたいんです。そこから見えてくる可能性を紡ぎ出して形にしていくことが、私たちの使命なのかもしれません。

近年はあらゆるところで「共創」といわれますが、実際にはなかなか自前主義から脱却できてない企業もたくさんあると感じています。そこには何か越えられない壁があるのだと思うのですが、山や木にまつわることは未知の可能性があるので、南足柄でその壁を越えられたら面白いと思うんです。

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─なるほど。その越えられない壁というのは、何なんでしょう。私自身もイベントに参加させていただき、新しいつながりが生まれました。企業の人間にとっては、社外との交流の場があることで、その後の事業の展開につながることは意外とあると思います。

齋藤:それぞれの個人が持つ「恐れ」や、企業という組織構造の問題はあると思います。日本の企業の多くは、組織の中での評価が恐れにつながり、組織の枠を越えた社員のチャレンジを阻んでしまう構造になっている。「mado.」での情報交換会は企業の枠を越えた交流の場にしているので、組織の中でなかなか動き出せないと感じている方なども参加してくれています。専門分野での経験やスキルがあり、面白いことをやっていきたいと思っている人たちが交わることで、新たな挑戦を促すことが狙いです。

─今後の取り組みでパートナーシップを組んでいきたい人や企業などはいるでしょうか。

齋藤:「あしがら森の会議」のメンバーなどと話しているのは、「サステナブル実験都市・南足柄」にしていきたいということです。自分たちの持つ技術やアイデアを試してみたいという思いのある方には、ぜひ参加していただきたいです。そのアイデアを、南足柄でどのように実現できるか、ここにある資源で何ができるかを、共に考えるプロセスがすごく楽しいんです。企業の方だけでなく個人での参加も歓迎しています。面白い人のつながりや循環をつくることが、私たちにとって価値となりますし、チャレンジしたい方や企業とパートナーシップを築きながら、今までになかった山や木の価値を再発見していきたいです。

─最後に、ダイセルのタグラインである「愛せる未来、創造中。」にかけて、齋藤さんの「愛せる未来」を教えてください。

齋藤:個人的には、まず自分を愛することや、自分の身近な人を愛すること。その積み重ねの先に「愛せる未来」があると思っています。社会や地域のことに取り組むのであれば、その最小単位である自分と目の前の人との関係性を丁寧に築くことから始めなければいけないし、仕事でも同じように、目の前の人と向き合って愛を持って仕事をすること。さらにいえば、自然や地球を大切にすることも、他者へのちょっとした配慮が第一歩ですよね。情緒的かもしれませんが、すべてのことは愛に帰着するのかなと思いました。

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あしがら森の会議
https://ashigara-foresters.co.jp/

TEXT :Tomoko Nomura/PHOTO:Shingo Matsuoka

齋藤 健介

株式会社あしがら森の会議 代表齋藤 健介

株式会社あしがら森の会議 代表齋藤 健介

大学院在学中のJICA青年海外協力隊、セネガルでの国際支援活動に従事。アフリカ・セネガルでの学校給食の普及、教育省での活動を行う。日本に帰国後、ベンチャー企業での組織コンサルなどの仕事を経て、神奈川県南足柄市に移住。行政や地元の大手企業などの共同出資で設立された「株式会社あしがら森の会議」の代表取締役を務め、森林が面積の約7割を占める南足柄市の林業の6次産業化を通じたまちづくりを進めている。

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