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なぜ海を守らなければいけないのか。 教育×デザインがつなぐ海と人の関係なぜ海を守らなければいけないのか。 教育×デザインがつなぐ海と人の関係なぜ海を守らなければいけないのか。 教育×デザインがつなぐ海と人の関係なぜ海を守らなければいけないのか。 教育×デザインがつなぐ海と人の関係なぜ海を守らなければいけないのか。 教育×デザインがつなぐ海と人の関係なぜ海を守らなければいけないのか。 教育×デザインがつなぐ海と人の関係

田口 康大

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なぜ海を守らなければいけないのか。
教育×デザインがつなぐ海と人の関係
みなとラボ代表理事田口 康大

なぜ海を守らなければいけないのか。教育×デザインがつなぐ海と人の関係

update 2023.11.13

# 教育

# 海洋

# イベント

# デザイン

河川を通じてつながる森林と海。森林に降り注ぐ雨水は、その土壌で浄化され川となる。土壌に含まれる栄養分や有機物は、水の流れとともに海へと運ばれ、海洋の生態系に豊かさをもたらしている。日本は周りを海に囲まれた島国であり、多くの人がその食生活に海からの恩恵を大いに受け暮らしている。しかし沿岸地域に暮らしていないと、自らの暮らしと海のつながりや、海と森林のつながりを、日常の中で意識する機会は少ないだろう。

「海と人とを学びでつなぐ」をテーマに2015年に設立された「3710Lab(以下、「みなとラボ」)」は、学校や地域に寄り添い、海とのつながりを考える場を生み出すプラットフォームだ。教育学者や科学者、クリエイターなど多様な専門家たちが協働し、海洋教育とデザインを融合した実践的なプログラムを実施しながら、環境や社会の課題に向き合っている。子どもたちが海の魅力や役割を知り、自らの暮らしとのつながりや可能性を探るという、新しい教育のつくり方。その現状や課題について、みなとラボ代表理事である田口康大氏に伺った。

海の課題を考えるためのベースをつくる海洋教育

―現在田口さんは、東京大学大学院教育学研究科の海洋教育センターにも所属しています。もともと教育の領域の中でも哲学・人間学を専門としていた田口さんが、海洋教育に関わるようになったきっかけや、「みなとラボ」を立ち上げた背景や思いを教えてください。

田口康大氏(以下、田口):大きなきっかけとしては、2011年の東日本大震災があります。私は地元が東北ということもあり、震災後はいったん研究活動を止め、被災地の学習支援活動をしていました。一方大学には2010年から海洋教育に関する研究センター(海洋教育促進研究センター ※2019年より「海洋教育センター」に役割を移行)があり、震災の翌年から新しい活動を展開させていくということで、私に声がかかりました。

当時の私は海洋教育は専門外でしたが、それまでの教育哲学的な研究を活かしながら、被災地の復興支援活動にも関わることができる。それが純粋におもしろそうだなと思ったんです。ただ、大学という組織の中で活動していると、アウトプットが論文ということになります。それ以外にももっと可能性はあるはずなのですが、大学の教員で特に文系の領域では、あまり選択肢がないのが現実でした。そこで、スピンオフ的に新しいものをつくってしまおうという発想で立ち上げたのがみなとラボです。

―それまでの研究から方向転換して新たな領域に取り組むというのは、大きな決断だったと思います。研究対象ではなかったかもしれませんが、田口さんご自身はもともと海には関心があったのでしょうか。

田口:どちらかというと海は遠い存在でしたし、震災で津波の被害があったばかりで、人が海から離れていっている。なぜこのタイミングで海の教育なんだろうと、最初はどちらかというとネガティブな気持ちでした。でもよく考えてみると、海に関する教育って自分も受けていないし、今だからこそ社会で考えていかないといけないんじゃないかとも思うようになりました。

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田口 康大氏/みなとラボ代表理事

―みなとラボでは、どのようなミッションを掲げているのでしょうか。

田口:日本では海に対する社会の認識が、そもそも低いという状況です。環境問題への意識は高まっていますが、例えば日々の自分の行動が、海にどうつながるかを意識する人は少ない。それは海と自分の暮らしがつながっているという認識の低さの現れだと思います。そこを上げていくのが、大きなミッションです。

―課題の認知度を上げていくというところは、山や森の課題感とも似ているかもしれません。

田口:これはとても興味深いところなのですが、戦後の学校教育で自然がどう扱われてきたかというと、森については森林そのものや伐採など、割と教科書に出てきているんです。だからみんな山や森のイメージを持っている。実際に課題に対して取り組んでいる現場の方からすると、そのイメージはまだまだ現実とギャップがあるかもしれませんが、それでも何かしら想像できるくらいのベースが、森林に対してはあるということです。

一方で海については、ほとんど教科書に出てこない。学校教育の中で教わる機会がないんです。だから、なぜ海が大事かと聞かれても、明確なイメージが湧かない人が多いと思います。現実とのギャップが生まれる以前の段階にあるということですね。

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(左から)磯江亮祐/Bipass編集部、後藤友尋/Bipass編集長

―なるほど、確かにそうかもしれません。海洋教育によって、まずはそのリテラシーを上げていくというミッションがあり、その先にはどのようなことを目指しているのでしょうか。

田口:今のところは喫緊の課題がとても大きいですが、その先にはそれぞれの海に対するアクションがあると捉えています。私自身は意味や目的に還元されないかたちで海の可能性を開いていきたいですが、そのベースとなる教育が今のところ社会になさすぎるので、そこをしっかり引き上げていくことが自分たちの使命だと思っています。

デザインの力を使い伝えたいのは「海っておもしろい」

―「教育」と「デザイン」を軸にしているみなとラボの取り組みについて、どのようなものがあるか教えてください。

田口:まず、学校の中での教育環境の整備です。今のところ学校教育として海のことを教えようとしても、そのための教材もなく、教員はどう教えればいいかわからないというのが現状です。そこで私たちが教材となるものをつくったり、カリキュラムを組み立てたりします。

デザインについては、海のことに対して、具体的にどうアクションを起こしていくかというところで関わってきます。海のことを学ぶ切り口として、やはりどうしても課題にフォーカスしてしまいますが、それ以前に「海っておもしろいよね」という認識を世の中に取り戻したいという思いがあります。課題ももちろん見据えながら、デザインの力で海の魅力やおもしろさを共有して、より多くの人たちに海に関心を持ってもらいたいと思っています。

また、社会において海との関わりをつくるためのプロジェクトとして、写真家が「海」をテーマにした作品を撮り下ろす「See the Sea」や、全国の書店員が海に関する本を選書し紹介する「Read the Sea」という取り組みなどをしています。

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各地の書店員たちが選んだ海に関する書籍。選書のコメントとともにみなとラボのWEBサイトで紹介されている。

―学校教育の現場では、具体的にどのようなことが行われるのでしょうか。

田口:例えば小学校低学年では、海に行ってごみや漂着物を拾い、その形をかたどってデザインパターンをつくったり、拾ったものから物語をつくったりというプロジェクトを行いました。さらにつくったものをどう使ったら海のことを人に伝えられるかということも、子どもたちと考えます。ごみを拾うクリーン活動自体はたくさんの取り組みがあると思いますが、拾ったもののことを考えたり、そこから何かを生み出し、社会につなげるということをしています。

―海のごみ拾いがその先の活動につながるというストーリーがあると、子どもにとってそれはいわゆる「ごみ拾い」ではない体験になっていきそうですね。

田口:そうだと思います。僕たちはそうやってプロジェクト全体をデザインし、プロジェクトの中では子どもたちも一緒にデザインして、そのデザインを使って社会とつながっていく。海に落ちているものを、いろんな視点で見ることができるようになると思います。多様な視点でものごとを見れることは、海のごみのことに限らず、人としてとても大切なものだと思うので、そういう力を教育として保障していけたらいいと思います。

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海で拾った漂着物をかたどったパターンデザイン。まちを走る電車やバスのラッピングに、ライフジャケットやエコバッグのデザインになど、子どもたちが活用のアイデアを出しあった。

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海洋教育を「特設の領域」として新設した気仙沼市の小学校での制作物。

―教育の取り組みで難しさを感じるのはどのようなところでしょうか。

田口:学校教育というのは、社会の中で一番最後に変化が起きる場所といわれるくらい、なかなか変わっていかないものです。それは義務教育という制度の良さでもあるのですが、一方で社会の変化に対応した新たな取り組みを行おうとすると、かなりハードルが高いという面もあります。教員が忙しすぎるという現状もあり、どうしても新しいものに対しては、「それをやって何の意味があるのか」、「学力とどういうつながりがあるのか」という声が上がってしまう。学校教育自体の可能性はとても大きいと思っていますが、制度の中にあるものなので、今はその中でできることを探っていくというイメージです。

―学校で海のことを教えるとすると、社会や理科…?どういう分野になるのでしょうか。

田口:例えば水産業のことを扱うのであれば社会ですが、水産業が衰退しているということを環境面からアプローチしようとすると理科になります。海に関わる一つのことを取り上げても、そこには環境や産業、文化などが複雑に絡み合っていて、一つの視点だけでは全体像が見えません。一つの教科だけでは海はつかめないんです。教科を横断しながら学びを作っていくことが大事になりますが、既存の枠組みではなかなかできないので、そこを私たちが担い、ストーリーをつくり進め方を提案しています。

そういう意味では、学校教育の教科・領域の分けかた自体を問い返す時期に来ているともいえますね。海に限って言えば、既存の教科のあり方で向き合うことには難しさがあると思います。今ある環境の中でより良いものを目指しながら、その枠組みを超えた新しい形を提案していかないと、社会は変わっていかないということだと思います。

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―これは本当に、ものすごく大きな課題ですね。ここまで取り組んできた中で、教育の環境や海と人との距離が変化しているという実感はありますか?

田口:ところどころで少しずつの変化は感じています。私が海洋教育に携わるようになって10年目ですが、新たな教育課程として海洋教育の時間を設置している学校が全国に増えており、気仙沼市などでは市内の幼少中高が連携しながらで全市的に展開されています。また現在、みなとラボには気仙沼出身のインターン生がいます。高校生の時に気仙沼でプロジェクトに参加し、大学院生となって海洋教育の場に戻ってきてくれた学生です。

他の地域においても、私たちが取り組んできた海のプロジェクトに新しい人たちが関わり、枠組みを引き継いで実施してくれています。そうやって活動を継続し可能性を開いていく動きがあることで、ようやく地域に海洋教育や海との関わりが根付いていく気がします。

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「森、川、海」。循環全体を捉え直し新たな価値を

―プロジェクトとして教育の中のデザインだけでなく、「国際海洋環境デザイン会議」も主催していますね。

田口:これは海と人の共生にデザインという領域からアプローチするもので、2022年に初開催したものです。今年はシンポジウムのほかに展示やワークショップも実施し、参加者と一緒に海洋環境デザインのあり方を考えます。

―デザイン会議では何か課題などはあるのでしょうか。

田口:課題解決のためのデザインはわかりやすいアプローチですが、その先にどういう未来を描いていきたいかを考えることが重要だと思っています。なんらかの課題を解決したとしても、その解決の結果が、よりよい未来を描くかどうかは別問題です。これはデザイナーに限ったことではありませんが、今向きあっている課題がどういう背景のものとに生じ、どういう複雑さの中にあるのか。目の前の課題にアプローチすることでほかにどういう影響があるのかなど、俯瞰して見通さないと、解決した先にまた課題が生まれることにもなってしまう。

その時に重要なのは、どういう未来を描きたいかというビジョンをもって、課題解決に向き合うということだと思います。先を見通しすぎて何も行動が取れなくなるのは本末転倒ですし、ビジョンを描くのが難しい時代でもありますが、課題解決は目的ではないと思います。

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第二回国際海洋環境デザイン会議の様子(Photo by Masaaki Inoue)

—これから取り組んでいきたいことや挑戦したいことを教えてください。

田口:海に関してアプローチするときに、「循環」というキーワードがあります。森—川—海という循環については知っている人も多いと思いますが、そこをひとつにしたプロジェクトをデザインの領域でつくれないかなと考えています。例えば、アウトドアグッズをみても、山と海とは明確に分かれている気がします。循環という視点を入れた時に、新しいあり方があるのではないかという直感があります。海洋プラスチックをリサイクルしたプロダクトをみても、山で使うことを前提とした取り組みはあまりないと思うし、森林の端材活用などでも、海で使うものをつくるというイメージもない。海のため、森のためという“点”になってしまっている取り組みを、いい形で組み合わせたものをつくってみたいです。山から海までを含めた循環という視点で考えると、また違う価値が生まれるように思います。

―確かに、そういわれてみると閉じているイメージがありますね。ダイセルで提唱しているバイオマスバリューチェーン構想というのは、森林資源を積極的に利用しながら循環や経済を活性化していくというもので、それは当然ですが森だけでは完結しないものです。私たちは森や川のことに注目して研究を進めていますが、海側の人たちともうまく連携していくと、もっと社会を変えていくことができるんじゃないかと感じました。

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田口:社会における海の重要性の認識を高めていくために、学校教育で教えるべきことの一つが、まさに森のことです。森をしっかり循環させていかないと保水力が失われ土砂崩れが起こる。そうすると水産資源に大きな影響が出てきます。1970年代に実際にこうした問題は起きていて、魚が捕れなくなったことがありました。そのときに漁業者がどうしたかというと、森に入って木を植えたんです。海に魚が来るようにするために、木を植える。これは森と海のつながりがわかっていないとできないことですが、海の人たちはわかっていた。

海を守るためには森を守るという考え方は昔からあるし、岩手県の洋野町や気仙沼市の海洋教育でも養殖活動と植林活動があわせて行われていたりします。ただ、同様の視点でのデザイン的なアプローチはまだないのではないか。そのつながりを見せられれば、教育としても深みが出てきますし、現場の教員たちのやりがいにもなる。そういう大きな循環のことに、デザインの視点でアプローチしていきたいです。

―正解やゴールがあるわけではなく、地域によって環境も課題も違う中で、仲間を見つけて対話しながら取り組んでいくスケールですね。

田口:海とどう関わっていくかという問いには唯一の答えがあるわけではないからこその難しさがありつつも、その分できることの幅はすごく広い。その意義と価値をどうつくるかというところに、僕のそもそもの哲学的な知見も活きてくるかなと思います。

―最後の質問です。ダイセルは「愛せる未来、創造中。」というタグラインを掲げて持続可能で豊かな未来を描いているのですが、田口さんが思う「愛せる未来」を教えてください。

田口:パッと思いついたのは、自分の子どものことでした。子どもが安心して暮らせる未来。自然環境も社会も、安心して暮らせる状況であってほしいですね。僕は自分自身の未来にはあまり興味がないのですが、子どもが安心して暮らせる未来というのが、自分にとっての愛せる未来なのかもしれないと思いました。自分が教育にこだわっているというのも、そういう思いがあるからかもしれません。

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3710Lab(みなとラボ)

文:野村 智子/編集・写真:松岡 真吾

田口 康大

みなとラボ代表理事田口 康大

みなとラボ代表理事田口 康大

東京大学大学院教育学研究科附属海洋教育センター特任講師。青森県生まれ。秋田県を経て、宮城県仙台市で育つ。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。2013年、東京大学大学院教育学研究科に特任講師として着任。教育学・教育人間学を専門とし、人間と教育との関係について学際的に研究している。現在は、学校の授業デザインや、学校を軸にした地域づくりに取り組み、新しい教育のあり方を探求している。座右の銘は、ゆっくり急げ(Festina lente)。

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