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グループ対談

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環境の今と向き合い、化学を活かす土壌をつくる
近畿化学協会 京都大学 名誉教授 工学博士杉山 弘
近畿化学協会 大阪公立大学 名誉教授 工学博士小川 昭弥

環境の今と向き合い、化学を活かす土壌をつくる

update 2023.10.24

# コミュニティ

# 環境

# 研究

# 教育

# 化学

2030年、「持続可能な開発目標(SDGs)」の目標年が刻々と近づいている。SDGs達成に向け、環境負荷の削減を目指した研究や技術開発などが世界各地で行われ、日本でも活発化している。中には、その取り組みで新たな温室効果ガスを排出してトータルでは環境負荷となるような、部分的な研究に留まるものも存在する。

1919年創立の近畿化学協会ではこれまで、人や知が集う場を提供し、化学・技術開発の発展を支えてきた。2023年、それまで分けていた「化学技術賞」と「環境技術賞」を統合。地球環境という視点が化学工業には不可欠であり、化学技術と環境技術の融合が顕著だとして「化学・環境技術賞」に改めた。ダイセルは23年5月、「爆轟法によるsilicon-vacancyセンターを含有した蛍光ナノダイヤモンド粒子の合成」というテーマで同賞を受賞。環境負荷が低く、生産性が高いダイヤモンドの合成法で高い評価を受けた。

地球環境の維持や改善に向け、本質的に化学を活かすには何が必要か。Bipass編集部のメンバーが、近畿化学協会の杉山弘氏、小川昭弥氏をむかえ、研究の在り方や現状の課題、化学の土壌をどう育むかなど多様な切り口からお話を伺った。

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社会実装につながる研究・技術にスポットをあてる

吉川太朗(以下、吉川):2023年5月にダイセルは近畿化学協会の「化学・環境技術賞」をいただきました。大変光栄で、ありがとうございました。近畿化学協会では1948年から「化学技術賞」を設けて、研究者や技術者の発掘と功績をたたえる取り組みをされています。賞を制定された狙いや経緯について、改めてお伺いできますか。

小川昭弥氏(以下、小川):1948年は戦後間もない時期で、当時は戦後復興につながる化学工業の発展を目指して創設されたと思います。当初はノーベル賞受賞者など大学関係の方が多く受賞していました。その後、より社会実装を重視する方向に舵を切り、企業の参加が増えていったという経緯があります。

2000年からは地球環境の維持・改善には化学技術が必要という想いで、「環境技術賞」も開始しました。当時は今ほど地球環境に関する意識が高くありませんでした。早い時期にその重要性を捉えて賞を設け展開することで、多くの人に持続的な地球環境を考える機会を提供できたかと思います。

近年では地球環境の維持は世界的な課題になっており、その視点は化学技術と環境技術いずれにも欠かせません。審査していても両者の差が見られなくなってきました。一括で審査する方が適切ではないかということで、化学技術賞と環境技術賞を統合して2023年より「化学・環境技術賞」としました。ダイセルは統合後の初授賞です。

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小川 昭弥氏/近畿化学協会・大阪公立大学名誉教授 工学博士

杉山弘氏(以下、杉山):授賞はコミュニケーションの一つとも考えています。大学と企業、研究所の枠や、世代を超えてざっくばらんに話をする、その一環という位置付けです。今回の授賞テーマも面白く、楽しませていただきました。賞を通じて、企業がどういうことを考えて取り組んでいるかがわかり、コミュニケーションのネタにもなります。授賞に政治的な要素がないことも特徴です。

吉川:審査では、どういうところにフォーカスし何を重視して選考いただいたのでしょうか。

小川:賞の対象は、「工業的・社会的・学術的価値」が明らかになった化学研究・技術です。工業的・社会的という要素を前に出していて、ある程度工業化できそうか、成果につながりそうかを1つの判断基準としています。その点から企業への授賞が多くなっています。

杉山:社会実装の可能性が見えるかですね。大学関係の授賞では、大学発ベンチャーが多いです。例えばiPS細胞から心筋を生成する会社や、曲がる太陽光電池を手がける会社など。「学術的価値」という要素は、大学の参画を促すために私が委員長の時に追加しました。大学側も社会実装を見据えて盛んにエンカレッジしているので、大学の授賞も増えてきています。

吉川:社会に出すことや工業化を前提として考えられている研究・技術が、受賞対象になりやすいということですね。

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杉山弘氏/近畿化学協会・京都大学名誉教授 工学博士

杉山:ちなみに今回の授賞テーマについてですが、1回の爆発でどのくらいの量のナノダイヤモンドが採れる見込みですか。その辺りの詳細が出ていなかったので。

吉川:いかようにでもできると見込んでいます。現状では爆薬の質量に対して決して非現実的ではない収量でナノダイヤモンドになるのですが、分母は爆轟炉の大きさで決まってきます。なので、年間何tくらいのナノダイヤモンドが必要かに応じて設計できると思います。

我々は、唯一ダイヤモンドを産業規模で生産できる方法と位置付けています。CVDや化学気相成長、圧縮する高温高圧合成などの他の方法とは一線を画しています。おそらく最も生産量が求められる、何かの混ぜ物に使うというアプリケーション先であっても、問題なく生産・供給できると考えています。

小川:非常に大きなエネルギーが発生する爆発を使って、一気に合成できるというのは新しい方法ですよね。今回使った元素とは違うものを使うとまた別の特性も出せるし、面白いことがまだまだ沢山あると思いました。

吉川:その通りです。最近、爆轟法で合成したナノダイヤモンドをCO2還元の触媒に使えますという内容のCMを展開していますが、それも一つです。周囲のCO2を還元する特性を付与できることを発見しまして。電気を使わずに太陽光でCO2を還元できます。今、こっちにもあっちにも進めるという分岐点にいて楽しい時ですね。

“真に”環境に寄与する研究を行うために、必要なこと

吉川:近年ではCO2を活用する研究も増えています。ただCO2を原料に変える過程で、電気や燃料を使って新たなCO2を排出してしまうものもあります。研究段階ではある程度仕方がない部分があるとしても、研究のための研究になる懸念もあります。真に地球環境のため、世のためになる研究をするには何を考えて取り組むべきか、ご意見を伺えますか。

小川:二酸化炭素の話では、循環型になるように初めから企画しておくことが必要です。燃え尽きて出てきた二酸化炭素を、太陽光などの自然エネルギーを活用してリサイクルできるよう組み込む。その際、研究者が1人でやるのではなく、いろんな人が関わってエネルギー全体で収支を見ていく必要があります。AIに全体を分析させて循環型になっているか検証させてもいい。何より、循環過程で生じるものを活用してくれる企業との連携が要りますね。

杉山:フレキシブルに対応できることも必要だと思います。研究も社会実装していく際も、やってみないとわからないという部分もあるかなと。近年、欧州や中国ではEVシフトが進んでいますが、本当にEV化するのが地球環境にとってプラスなのか、ハイブリッドの方が良いのか水素が良いのかわからないですよね。インフラ整備にも関わりますし、全体を見たフレキシブルな対応が必要です。

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吉川太朗/Bipass編集部

吉川:全体を見てフレキシブルな対応をするには、知見の蓄えが大事かなと思っています。その辺りは世界と比較して、日本の現状をどう見ていらっしゃいますか。

杉山:論文統計などから、日本の学術が停滞していると言われています。ただ、プロダクトのクオリティや環境整備・社会秩序で考えると日本は世界トップレベルで、学術とのギャップが生じています。例えば論文では、アメリカでも今は中国人のエディターが大勢入っていて、作戦として中国人の研究論文の引用を増やすということを行っている。一方で、日本人が日本の研究を引用することは多くないので、インパクトファクター戦争に負けてしまっています。化学でも学術でも、楽しむ気持ちが不足してきているとも感じています。自信を失うことはなくて、原点に立ち返ることが必要かもしれません。

小川:日本にも能力の高い人が沢山いると思いますが、1人で頑張っている場合が多いような気がしています。連携が十分でないかもしれない。さらに、1人の研究者が持っている資金が足りていない点もあるかと思います。中国の研究者と比べると、100分の1くらいですから。その辺りで、機会不足や制約が出ていると思います。先ほどの二酸化炭素の循環もそうですが、連携は1つのキーワードかもしれないですね。

吉川:我々も、社会実装や世界展開には仲間集めが大事だと思っていまして、Bipassのベースにもそうした想いがあります。社長からも、とにかく外に出ていろんな人と関わって巻き込んでいかないと社会実装には至らないと常々言われていて。他社でも最近そうした動きを始めていて、時代が変わってきているなと肌で感じています。

アカデミックの環境変化と現状、”面白さ”の減退

吉川:近年のアカデミックの現状はいかがでしょうか。最近になって起きていることや変化していることなどはありますか。

杉山:過度な集中による弊害が起きていると感じます。大学の中で、校費と呼ばれるものがどんどん削減されて、競争的資金への集中が起きています。研究費を取れるところは、それに見合った論文や特許など成果を出さなければならないということで、非常に忙しい。研究費を取れないところも、どういう安いテーマで卒論を書かせようか、学会発表させようかと考えていて。その弊害として、全体的に楽しむ気持ち・ワクワク感を失った研究者が増えたと思います。

研究費のバラマキが悪いと言われていましたが、その方が良かったという話もあって。今年8月に筑波大学らが発表した論文でも、そういう結果が出ています。5,000万円以上の高額価格帯で配るよりも、500万円以下の少額研究費を多くの研究者に配る方が、ノーベル賞級の研究成果に結びついてコストパフォーマンスが高いという皮肉な結果です。研究はやってみないとわからないという話にもつながります。過度の集中が楽しむ気持ちを失わせ、成果を減らし、勿体ない状況になっていると思います。申請や報告の作業に追われて、面白みが減っている部分もあります。

吉川:企業でもある話です。期待されている研究テーマにはお金が出るんですが、その分報告などの付帯業務が増えてしまう。一方で、数十万ならあげるから自由にやっていいと言われた研究テーマの方が成果が出ているという。

佐藤弘樹(以下、佐藤):それは正直あります。社長がいいと言っても、期待がかかっている分、間の人は不安に思って細かな報告を求めます。方針や計画も固めますし、挟まる人も増えるので、なかなか難しいところがありますね。

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佐藤弘樹/Bipass編集部

小川:研究費とかそれだけではなくて、大学の先生が昔に比べてかなり忙しくなったのもあると思います。大学全体の予算が絞られると事務官などが減らされて、経理処理など、本来事務官が担っていた仕事が教員に回ってきます。授業も、シラバス通り進めて評価を細かくつけることが求められています。

大学の授業は特に、学生の顔を見てその反応で話すことを変えたり、テーマを追加したりというのがすごく大事だと思っています。ガチっと決められると面白みが減りますよね。教員が夢を語ったり、発見がどれだけ面白いことか、それが論文で活字になることがどれだけ感動することかを伝えたり。今はその辺りを言うゆとりもなくなっていますね。

杉山:機械の測定とかメンテナンスを担っていた、技官という技術職の人も、今はもういなくなりました。そういうところからカットされるので。大きな機械を維持・管理する、シェアするなども難しくなっています。

吉川:教員の方々が学生を教えながら、自身の研究を進めながら、機械のメンテナンスまで担っている状況なんですね。

佐藤:僕が学生の頃は、技官の先生が装置ごとにいました。スペシャリストなので、裏技じゃないですけど細かいこととか教えてもらって。年も近かったので話もしやすくて、だんだんそれが面白くなっていくという。それがマニュアル読んでくださいとかだと、面白みがないですね。技官がいないと伺って衝撃でした。

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小川:教員はいかに時間を捻出するかが重要になっています。さらに、大学の組織編成や統合があれば、それにまつわる業務も増えますし、入試関係の仕事も多くなりました。入試シーズンだけでなく、年中、委員会を設けて問題を作っています。だんだんそれが仕事みたいになってきますよね。

そうじゃなくて、教授陣は直接学生の顔を見て一生懸命面白みを伝えていく。そうすると学生もだんだん面白くなっていって、全員は難しいけれど一定数は一生懸命になります。そういう学生が研究室にいると、当然変化が起き人が育っていくと思います。

吉川:同じような問題が、会社の人事制度にもあると思います。メンバーシップ型という制度で、日本は海外と比較してオールラウンダーが重宝されています。海外はジョブ型で、この人にはこの仕事を任せるという形でプロフェッショナルが沢山いて成り立っています。苦手な仕事をする人が少ないので、効率が良い。日本人は何でもできる半面、コストとか時間も含め、ロスしているかなという気がします。

小川:アメリカでは、役割分担のようなことをしていますね。学生を教える人、研究が主体な人、教科書をつくる人という形で、それぞれが高く評価されています。

杉山:教科書で有名な先生の部屋には学生がいないこともあります。一方で、複数の研究室を持つ先生もいて。

小川:日本では、教員の業績評価でもオールマイティーであることが求められます。論文以外にも、授業をどう改善したかや、社会貢献に至るまで、全部点数を付けます。頑張っている先生ほど書くことが増えますし、またそれで時間を取られる。学生からの評価も反映されるので、単位の取りやすい先生が評価されると、さらに多様な授業の面白さを減らすことにもつながります。

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佐藤:大学では、研究成果が出るかわからないから面白いと思っていました。成果だけを重視すると、大学の存在自体がどうだろうという話にもなります。失敗は必要だとか、失敗したから研究が面白くなるとか、今そういう教え方が少なくなっているんでしょうか。

小川:研究の進め方として、目的志向型と発見型があります。目的志向型は、成果が期待できる目標を設定し、それを目指して研究を進める方法で、発見型は未知なる新現象や新物質を見つけ出すために、試行錯誤しながら進める方法です。以前は両方の研究者がいましたが、最近は目的志向型が増えています。予算を取るために、効率よく研究を進めようという風潮があるから、冒険している時間があまりなく夢を追うことが少なくなっているように感じられます。

発見型の研究室は、独自の文化を持っていることが多いです。昔の大学は特にそうでしたが、発見型の研究室では失敗するのを屁とも思っていない。失敗を重ねていく先に発見があるという感覚で、先生も諦めない姿勢を見せながら、学生をフォローしていました。失敗でも、次の方向性が絞れていればそれは成功です。そういう体験をした学生は育つんですよね。会社に入っていろんな難題があっても、諦めずに研究の方向を見つけて解決できるようになります。

佐藤:失敗だからそこで止めてしまうと、新しい発見が減ると思います。導電性高分子の話もそうですが、失敗と思ったことから始まる発見もあるので。危惧感とか、いろんなことを感じました。

小川:発見のためには、自分のテリトリーの外に行くことも重要ですね。自分の頭の中だけで考えたら結局それは既知の何かに結びついているから、発見にはなりません。頭の外から、わからない部分をどう引っ張り出すか。だから、自分とは違う文化や知見を持っている人と話す機会があると良いですよね。発想が変わるきっかけになります。

人と人をつなぐ、近畿化学協会の仕掛け

吉川:研究成果の創出や世界的な競争力を取り戻すためにも、連携がポイントになってきますね。近畿化学協会では様々な取り組みをされていますが、人の交流を促す取り組みとしてはどのようなものがありますか。

杉山:協会事業の1つに「研修塾」があります。企業から希望者を募って、年間プロブラムで講座や見学会などを行っています。塾頭は、大阪大学で有機合成に取り組んでいた三浦雅博教授で、副塾頭は企業と大学から2名就いています。対象は30歳代の若手。競合他社の方も一緒になると思いますが、同世代の研究者・技術者と知り合って話ができます。率直な意見や感想も訊ける非常に貴重な場だと思います。

小川:人と人が交流しながら新しい情報をつかむという時に、一番大事なのは「信頼」だと思うんです。信頼できない人には、いろいろ喋れないですよね。一方で詳しい情報がもらえなくて、本当の技術相談にならないことも結構あります。近畿化学協会は、人との交わりを持たせるようないろんな工夫が行われていると思います。

研修塾がまさにそれで、外部講師からレクチャーを受けたり、同世代の人と話せるメリットがあります。「専門部会」もその1つです。専門部会は、有機金属や合成などテーマが決まっています。知りたい情報を直接交換できますし、親しくなって信頼関係ができれば踏み込んだ相談にも至ります。その他にも、年代別の集まりもあり、そこにはいろんな専門分野の人が集まります。仕事も取り組んでいることもバラバラ。ただ、同世代で共通の時代を生きているから親しみが持てて、ざっくばらんに話ができます。

また、国際的な催しとして3年に1回開催している「国際有機化学京都会議」があります。世界の最前線の研究者と意見を交わせる機会として、1979年から始まりました。ここ数年はコロナ禍で開催を延期していましたが、直近の2018年は1,000人超の研究者が集まり、意見交換や討議を行いました。近畿化学協会では、網の目のようにいろんな方法で人と交われる仕掛けがあって、それはとても重要かなと思います。

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吉川:弊社でも、顧客やパートナーのところに伺って困りごとを聞いてくるよう言われていますが、困りごとはNDA結んだくらいじゃ話してくれないですよね。仲間ぐらい信頼できる人じゃないと。

小川:大学でも企業の方と共同研究の機会がありますが、同じです。材料とかでも、成分比がわかってしまうと大変なので、詳細の開示は絶対してくれないですよね。でも開示されないと本当のことがわからない。信頼関係を築くには3年は要ります。信頼されて初めて情報開示されて、そうすると本当のことがわかるので、いろんなサジェスチョンができるようになります。信頼はすごく大事だと思います。

佐藤:近畿化学協会は「科学・技術に携わる人が気軽に話し合えるサロン」を掲げられていますが、それを体現していますね。

小川:講座だけでなくて、その後のコミュニケーションにもつながります。同世代の集まりは見学会に行ったり、旅行やゴルフにも行ったりもしていて。近畿化学協会を通じて、親しくなれるきっかけが沢山ありますね。

発見や研究成果を下支えする、ワクワク感をどう育むか

佐藤:先ほど、研究推進や成果創出の際に面白さ・ワクワク感も必要で、近年それが不足しているというお話がありました。実は最近、子供教育のサイドでも同じような話を聞きまして。化学に特化して実験ショーを行っている学習塾なんですが、キャッチーで面白い教材がどんどん無くなって困っているという相談を受けました。ワクワクできる教材が無くなると、大学のもっと手前で、化学って面白いと思う子供が減ってしまうと思います。その辺りについて、感じられていることなどがあればお伺いできますか。

杉山:子供は基本的に実験が好きなんですけど、近年は危険、ケガをする、責任はどうするという理由で、どんどん安全な、ある意味面白みのない方向に向かっている気がします。子供向けに、演示実験とか体験型の実験で示すというのは、化学業界の人たちの務めだと思っています。

20年くらい前になりますが、ワクワク化学展というイベントに出展した際に、牛のDNAを試験管の中の水に溶かしておいて、来場者にエタノールを入れてもらい、DNAを個体として抽出する実験を行いました。その時にも、狂牛病を懸念して中止に追い込まれそうになりまして。安全性を説いて実施しましたが、実験中は子供から高齢者まで、幅広い世代の人が目をキラキラさせて取り組んでいたんですね。単純なものでも、やはり触れた方がいいと思いました。

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小川:以前、大阪・堺市が、大学から小学校へ先生を派遣して、いろんな実験をやって見せるという企画を行っていました。予算もついていて、5年くらい続いたかな。小学校や中学校を回りましたけど、やっぱり実験を自分たちで体験すると楽しくて、単純なものでも子ども達の目の色が変わります。そういう体験を、できるだけ若いとき、小学校くらいにできるとすごくいいですよね。

佐藤:本当にそう思います。そういう純粋な子供たちを目の前にすると、研究者も「ああ、俺もこんな風に実験楽しかったな」ということを思い出して原点に戻れたりして。win-winでいいですよね。弊社でも、化学実験ショーの様なものを年に1回くらい行っていますが、もう少し増やしてもいいのかなと思いました。

化学物質=悪者?地球環境の視点を加えて、化学の良さを活かす

佐藤:地球環境に対する意識が高まる中で、化学物質は全て有害というような向きもあります。「研修塾」の第4回講座のタイトルにも「プラスチックって悪者?」とありますが、実際にそういう風潮もあって。完全に安全とは言い切れないながらも、化学の可能性も知ってもらいうまく活用できればと思っていますが、その辺りはどうお考えですか。

小川:化学物質という用語が、正しく使われていない部分もありますよね。僕らの体も全部、化学物質で成り立っています。化学業界の人たちで、正しく使うための決まり事をつくって、教科書などで正しく伝えていくことも必要かもしれません。化学物質と聞くだけで、まず何か悪者のように感じる原因はその辺りもありそうです。

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佐藤:化学物質自体も、正しく使えれば便利さにつながります。SDGsの流れの中で、水以外は全て危険だと考える方もいて。きちんと整備して社会実装して、安全に活用しているものもあるので、その辺りも伝えた方が良さそうですね。

杉山:地球環境への負荷を減らすという視点は、今はもう欠かせません。SDGsが叫ばれている中で、象徴的なところでは、スターバックスなどでストローが紙になり、エコバックの持参が求められています。生活する中で毎日プラスチックのゴミが出ていて、それは20年前と比べるとものすごく増えている。便利さを重視して進んできた点は反省し、これからは地球環境を維持するという視点を含めて考える。もう無視はできないと思います。

確かに利便性もあります。例えばペットボトルは、最近は凍らせても全然問題ないですし、ぶつけてもほとんどのことでは壊れない。熱い夏も助けられているというのはありますね。環境負荷をかけたその一端は、化学にあったかもしれないですけど、それを解決するのも化学だと思います。

佐藤:見直す時期にきているのは確かですね。ペットボトルは軽量で、経済合理性も高く優れたものですが、さらに視点を加えて作り変えていく流れの中にあると感じました。本日は貴重なお話、ありがとうございました。

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文:三部 郎

杉山 弘

近畿化学協会 京都大学 名誉教授 工学博士杉山 弘

近畿化学協会 京都大学 名誉教授 工学博士杉山 弘

1984年京都大学大学院工学研究科合成化学専攻博士課程修了 工学博士、1984年米国ヴァージニア大博士研究員、1986年日本学術振興会特別研究員、1987年京都大学工学部合成化学科助手、1993年同助教授、1996年東京医科歯科大学 生体材料工学研究所教授、2003年京都大学大学院 理学研究科教授、2022年京都大学高等研究院 物質―細胞統合システム拠点 特任教授、近畿化学協会会長 (2021-23 [ 主な受賞歴 ] 1999年日本IBM科学賞受賞、2004年日本化学会学術賞、2018年日本化学会賞、2018年日本光医学・光生物学会賞、2021年日本核酸化学会 池原賞、2022年光生物学協会賞 [研究分野] 核酸を中心としたケミカルバイオロジー研究 [主な研究成果] 遺伝子スイッチの創成、光によるDNAの構造解析

小川 昭弥

近畿化学協会 大阪公立大学 名誉教授 工学博士小川 昭弥

近畿化学協会 大阪公立大学 名誉教授 工学博士小川 昭弥

1985年大阪大学大学院工学研究科応用精密化学専攻博士課程修了 工学博士、1985年日本学術振興会特別研究員、1987年大阪大学工学部応用精密化学科助手、1995年大阪大学大学院工学研究科物質化学専攻助教授、1996年米国ピッツバーグ大客員教授兼任、2000年奈良女子大学理学部教授、2004年大阪府立大学大学院工学研究科教授、2023年大阪公立大学研究推進機構特任教授、近畿化学協会化学・環境技術賞選考委員長 (2021-23) [ 主な受賞歴 ] 1995年有機合成化学奨励賞、2013年有機合成化学関西支部賞 [研究分野] 有機合成化学、特に元素特性を活かした反応開発 [主な研究成果] 有機硫黄化合物の遷移金属触媒系の創生、典型元素のラジカル付加反応の開発

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